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【1】同僚に仕事を頼む時に,自分が責任者ではなかったのですが,「この仕事をしていただきます。」と言ったら,きつい言い方だと言われてしまいました。敬語を使っているから良いと思っていたのですが,どう言えば良かったのでしょうか。

【解説1】
自分が責任者でない場合には,「この仕事をしていただきます。」のように自分が決定権を持っているような表現ではなく,「この仕事をしていただけますか。」など相手に判断をゆだねるような表現を用いる方が良いでしょう。ほかにも,「これお願いできますか。」「お願いしてもいいですか。」などの表現を用いることで,きつい言い方だという印象を持たれずに済むでしょう。

【解説2】
複数の人たちで仕事をしているとき,その仕事の方針や方向などを決めるのがだれか,ということは,言語表現を選択するためにも大切な要素となります。明らかに決定権を持っている人はそれを打ち出してよいのですが,その場合でも,自分が決めるから他の者は従えという態度を取ったり,そのように表現したりすることは,丁寧さを欠くことになります。決定権がある場合にも,すべてを自分が決めてしまうのではなく,相手や第三者の意思も尊重する,という姿勢を示した表現の方が丁寧になります。
特に,決定権のない人が決定権を持っているように振る舞うことには問題があります。例えば,「はい,次に進みましょう。」と進行に関する発言をその会のリーダーや司会以外の人が言うと失礼になります。仕事以外でも,例えば,「どうぞ,召し上がってください。」と勧めることを,招待された客が口にするのは配慮に欠けた行為です。
なお,決定権を持つことができるのは,必ずしも常に上位者であるとは限りません。その場合,決定権を持たない上位者は,決定権を持つ下位者に対して配慮する必要があります。一方で,決定権を持つ下位者から決定権を持たない上位者への配慮も同時に必要です。

【2】同僚から突然「これ,お願いします。」と書類を置いていかれた時,何だか失礼な頼み方だと感じました。何が問題だったのでしょうか。

【解説】
これは,何の前置きもなく,突然頼むという点が,行動の点でも,言語表現の点でも問題であったと言えましょう。もちろん,いつも仕事を依頼し合っているような関係であれば,「これ,お願いします。」で十分な場合もあります。しかし,何かを頼むということは,相手には負担の掛かることだと考えられます。相手に負担を掛けているのだ,という意識を持って,その気持ちを表明することが,相手に対してより配慮した表現になると言えるでしょう。
この場合は,「すみませんが」や「忙しいところ申し訳ないけど」などの前置きの表現があるだけで,随分印象が違ってきます。また,依頼することが当然であるかのように受け取られる「お願いします。」という言い方よりも,「これ,お願いできますか。」「お願いしてもいいですか。」などの婉曲的(えんきょくてき)な表現を使った方が相手に対する配慮を確実に表すことができると言えましょう。

【3】「それ,取ってもらってもいい(ですか)。」「こちらの書類に書いていただいてもよろしいですか。」というような言い方をよく耳にします。「取ってちょうだい。」や「取ってください。」,「書いていただけますか。」に比べると,何だか回りくどい言い方に聞こえてしまいます。こうした表現については,どう考えれば良いのでしょうか。

【解説1】
基本的に「~てもいい(ですか)」「~てもよろしいですか」などは,自分のすることについて,相手の許可を求める言い方です。しかし,「取ってもらってもいい(ですか)。」という表現は自分が取るのではなく,相手が取ることを要求しているものです。したがって,「取ってちょうだい。」や「取ってください。」という依頼や指示の表現と同じ内容を表すものです。そのように,本来なら依頼や指示の表現で済むところを,許可を求める表現に変えているということになり,その分だけ,「回りくどい」印象を与えるのだと言えます。
指示や依頼が簡潔にできる状況であれば,こうした回りくどい印象を与える表現は用いない方が良いでしょう。

【解説2】
このような,依頼や指示を「許可を求める形」で行う表現は近年よく耳にするようにりました。なぜ,このような回りくどい言い方をわざわざするのでしょうか。
例えば,「取ってちょうだい。」「取ってください。」といった表現は,相手に直接働き掛けているものです。それに対して,「取ってもらってもいい(ですか)。」という表現は,(自分が)取ってもらえるかどうかを尋ねる形に変わっているのです。そうすることで,相手に対して押し付けるような印象をなくし,相手への配慮を表そうとするのではないかと考えられます。これが,回りくどい,言い換えれば,婉曲的な表現をしようとする主たる理由でしょう。
これは,「~てもよろしいですか。」についても同様です。「書いていただいてもよろしいですか。」も,「書いていただけますか。」という依頼の敬語表現と伝えたいことは同じ内容だと言えますが,相手に許可を求める表現に変えることで,より丁寧な言い方にしようとしたのだと考えられます。

【4】「…(さ)せていただく」を余り使わない方が良いと聞きましたが,実際には,見聞きすることが多いと感じます。また,自分でも「それでは,発表させていただきます。」などと言ってしまうのですが,どう考えれば良いのでしょうか。

【解説1】
「(お・ご)……(さ)せていただく」といった敬語の形式は,基本的には,自分側が行うことを,ア)相手側又は第三者の許可を受けて行い,イ)そのことで恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合に使われます。したがって,ア),イ)の条件をどの程度満たすかによって,「発表させていただく」など,「…(さ)せていただく」を用いた表現には,適切な場合と,余り適切だとは言えない場合とがあります。

【解説2】
次の①~⑤の例では,適切だと感じられる程度(許容度)が異なります。

①相手が所有している本をコピーするため,許可を求めるときの表現
「コピーを取らせていただけますか。」

②研究発表会などにおける冒頭の表現
「それでは,発表させていただきます。」

③店の休業を張り紙などで告知するときの表現
「本日,休業させていただきます。」

④結婚式における祝辞の表現
「私は,新郎と3年間同じクラスで勉強させていただいた者です。」

⑤自己紹介の表現
「私は,○○高校を卒業させていただきました。」

上記の例①の場合は,ア),イ)の条件を満たしていると考えられるため,基本的な用法に合致していると判断できます。②の例も同様ですが,ア)の条件がない場合には,やや冗長な言い方になるため,「発表いたします。」の方が簡潔に感じられるようです。③の例は,条件を満たしていると判断すれば適切ですが,②と同様に,ア)の条件がない場合には「休業いたします。」の方が良いと言えるでしょう。④の例は,ア)とイ)の両方の条件を満たしていないと感じる場合には,不適切だと判断されます。⑤の例も,同様です。ただし,④については,結婚式が新郎や新婦を最大限に立てるべき場面であることを考え合わせれば許容されるという考え方もあり得ます。⑤については,「私は,卒業するのが困難だったところ,先生方の格別な御配慮によって何とか卒業させていただきました。ありがとうございました。」などという文脈であれば,必ずしも不適切だとは言えなくなります。
なお,ア),イ)の条件を実際には満たしていなくても,満たしているかのように見立てて使う用法があり,それが「…(さ)せていただく」の使用域を広げています。上記の②~⑤についても,このような用法の具体例としてとらえることもできます。その見立てをどの程度自然なものとして受け入れるかということが,その個人にとっての「…(さ)せていただく」に対する「許容度」を決めているのだと考えられます。


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